足尾町では平成18年3月に近隣市町村と合併して日光市となる以前、平成6年から「全町地域博物館化構想(=エコミュージアムあしおの創造)」に取り組んできました。現在も産業遺産と環境学習のまちとして「エコミュージアムあしお」の実現に向けて取り組んでいます。>>もっと詳しく
| エコミュージアムあしお - 足尾Terrace |
| エコミュージアムあしお - 足尾での取り組み | |
『エコミュージアムあしお』のメッセージ
江戸時代から昭和かけて、約400年間にわたり『銅山(やま)のまち』として栄えた足尾にはその記憶をとどめるたくさんの産業遺産が点在しています。 足尾ではそれらの遺産が語るメッセージを未来に伝えるために「まち全体を博物館」とする構想のもと、様々な取り組みを進めています。(本サイト「足尾Terrace」もその取り組みの一部です) 「銅の産出」を通して近代日本における産業の発展を支えた光、そしてその代償として引き起こされた公害という影。 足尾の歴史と現在の姿を通して、「自然と人の営み」、「過去と現在・未来」、「資源と地球」のつながりを感じていただくことができれば幸いです。
「足尾」の3つのキーワード
■足尾の銅 備前楯山に眠っていた足尾の銅は江戸時代から、明治・大正・昭和と約400年間にわたって掘り出され国内外で利用されました。 最盛期には日本で生産された銅のうち足尾の銅が40%を占めました。
■銅山(やま)のまち 明治以降、古河市兵衛によって開発された足尾銅山は大いに栄えました。 民間で日本初の電話がひかれ、水力発電所が操業し、町中のあちらこちらに鉄索(ロ ープウェーの原型)やトロッコが整備されたくさんの人や物が行き交いました。
■足尾の木々 銅鉱石を銅にするための製錬や森林の伐採、大火などによって松木の木々が失われました。昭和31年、世界で初めて実用化された技術によって製錬の行程は無害化され現在では長年にわたる自治体やNPOの取り組みによって緑は回復しつつあります。
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本サイト足尾Terraceをご訪問いただきありがとうございます。 足尾Terraceをご覧いただいて「足尾」に興味をお感じいただけましたら、是非何らかの機会に「足尾」を訪れていただき、ご自身の目で「足尾が伝えていきたいこと」をお確かめいただければ幸いです。 本サイトでは「プログラムづくりやガイド養成、受け入れ態勢整備」に関する事業の成果発信などを通じてエコミュージアムあしおの実現へと取り組んでまいります。
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日光市に属する足尾町は、周りを山々に囲まれ比較的高い標高にある町なので「天気」は周囲と異なることが珍しくありません。栃木県と群馬県の県境に位置しますので周辺の天気をご案内します。
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2008/10/08 16:00より