足尾町では平成18年3月に近隣市町村と合併して日光市となる以前、平成6年から「全町地域博物館化構想(=エコミュージアムあしおの創造)」に取り組んできました。現在も産業遺産と環境学習のまちとして「エコミュージアムあしお」の実現に向けて取り組んでいます。>>もっと詳しく
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日光市足尾町に古くから残る名曲「足尾の四季」。足尾の表情を唄と画像でお届け。女声パート:初音ミク、男声パート:初音ミク(改)。
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日光市足尾地区に伝わる民謡「直利音頭(なおりおんど) 」の唄と画像を、初音ミクの声で。「直利」とは鉱山用語で豊かな鉱脈の意。
以上hotatekamome氏作
| 足尾製錬所 |
| エコミュージアムあしお - 足尾スポット情報 | |||||||||||||||||||||
日本で初めて煙害を止めた製錬所足尾製錬所は明治17(1884)年に現在の地に「直利橋分工場」としてはじまり、明治26(1893)年からは「ベッセマー式転炉」により大量の鉱石を短期間で製錬できるようになりましたが、亜硫酸ガスも増大しました。 管理人補足<当時の技術では除去することができなかった製錬によって発生する亜硫酸ガスを含む煙は、風にのって北部地区に広がり、伐採や大火ともに足尾の山々が緑を失う要因の一つとなりました。失われた緑をよみがえらせる取り組みは明治時代から現在に至るまで続けられています。> 足尾製錬所では、亜硫酸ガスを除去しようと改良を加えてきました。 昭和31(1956)年にはフィンランドのオートクンプ社から技術導入した自熔製錬技術と煙から副産物として硫酸を取りだす方式を確立させ、日本で初めて亜硫酸ガスを止めることが出来ました。足尾で開発されたこの製錬技術は、日本や世界で現在も生き続ける無公害の銅精錬方式です。 昭和48(1973)年に銅山は閉山しましたが、製錬所は輸入した鉱石を製錬してきました。平成元(1989)年、足尾線廃止により貨車輸送ができなくなり、製錬所は事実上操業を停止しました。 ※鉱石から目的の金属を取り出すことを「製錬」といいます。鉱石を溶かして銅を取り出そうとする時に、鉱石の中の硫黄分が亜硫酸ガスとなり、放出されます。この亜硫酸ガスが山の草木を枯らしてしまう有害ガスとなるのです。 以上、日光市足尾町作成「足尾ガイド」より。
足尾銅山観光の「銅(あかがね)資料館」には製錬の過程がわかりやすく展示してある他、本山(足尾)製錬所のジオラマ模型が展示されており、操業当時の様子を知ることができます。
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日光市に属する足尾町は、周りを山々に囲まれ比較的高い標高にある町なので「天気」は周囲と異なることが珍しくありません。栃木県と群馬県の県境に位置しますので周辺の天気をご案内します。
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2008/10/08 16:00より